[研究事例]言語学者ラネカーの提唱する動的用法基盤モデル(Dynamic Usage-based Model)が、いろんな分野に応用できそうな刺激に満ちあふれているっていうお話
■はじめに
とある言語学関連の学会にお邪魔し、アメリカの言語学者Ronald Langacker(ラネカーと読むらしい)の研究に初めて触れた。同氏は現在、カリフォルニア大学サンディエゴ校の名誉教授である。
今回は同氏が、人間の言語獲得のプロセスを説明した理論である"Dynamic Usage-based Model(動的用法基盤モデル)"を、文化/言語の伝播の理解に資する一つの理論として位置づけ、概説する。
■ 文化/言語の伝播を理解する試み
こんな経験はないだろうか
- いつの間にか友人の口癖が移った。
- 他人の食べ方をみて、食べ方を変えた料理がある。
- 他人のファッションを参考にした。
- それまで気にならなかった音が、他人に指摘されて気になり出した。
このように、言葉をはじめとして、日常的に使える便利なアイデアや、好きなお菓子の種類など、人から人へ伝播するものは多く、以前紹介した社会的ネットワーク分析はその説明を得意とする分野の一つだ。
社会的ネットワーク分析のようにマクロな視点の研究は存在するが、人から人へと移るまさにその瞬間には何が起きているのか、というミクロな視点を持つ研究は未だ見つけることができずにいた。そんな時に出会った研究の一つが認知言語学の立役者であるラネカーの動的用法基盤モデルである。
■動的用法基盤モデルとはなにか
それでは、ラネカーの提唱する動的用法基盤モデル(Dynamic Usage-based Model: 以下DUBM)とは何か。①研究の対象と、②それまでの理論、③DUBMの特徴、④DUBMのモデルという順で説明してゆく。
①研究の対象
DUBMはそもそも、人間が言語を獲得する際の学習プロセスを捉えたモデルである。つまり、生まれてから母語を身につける過程を説明する理論としてスタートした。それに留まらず、DUBMは第二言語(外国語)の習得の過程にも応用が試みられている。
また、同研究はラネカーによる論文"A dynamic view of usage and language acquisition."1に端を発する。
②それまでの理論
「言語の獲得」を考える際に重要な理論の一つは、チョムスキーによる生成文法理論である。
チョムスキーの生成文法の考え方は、簡単に言えば、何人も生まれながらにして共通の言語を築き上げる素地(普遍文法: UG)が備わっているとするものだ。表現を生成する抽象的な規則や原理はみんな一緒で、それは生まれてから後天的に獲得することは不可能(獲得不可能説)ということ。
大雑把にいえば、みんなが共通のルール本を頭に持ってるからこそ、生まれてからすんなりゲーム開始できるよねっていう考え方(だと思う)。
③DUBMの特徴
生成文法の考え方が、上述のような生得説であるのに対し、DUBMは言語が具体的な言語経験を通じて習得可能であるとする説である。そして獲得される言語やその文法は固定されたものではなく、経験する言語現象によって絶えず変化する。
生成文法は、「抽象的な設計図」から「具体的な言語実践」が生み出されてると捉える一方で、DUBMは「具体的な言語実践」から「抽象化されたスキーマ(図式)」が得られると捉える。
つまり
「抽象から具体(演繹的): 生成文法」と
「具体から抽象(帰納的): DUBM」に分けられる点で、相対する存在なのだ。
④DUBMのモデル
DUBMは言語獲得を以下のように捉えている。
- Entrenchment(定着)
- Schematization(スキーマ化)
- Extension of Schemas(スキーマの拡大)
1. Entrenchment(定着)
まず、同じような場面/パターンに何度も出くわす。意味は分からないが言い回しを音声(パターン)として認識する。ここで定着したひとくくりのパターンはユニット(unit)と呼ばれる。
例: *ここでは名詞
犬/猫/鳥 (事例)
2. Schematization(スキーマ化)
そのうち、言語の複数の使用場面から選択的に抽象化することで、スキーマ(Schema)が生まれる。繰り返されない部分は捨象される。
例:
動物 (スキーマ)
犬/猫/鳥
3. Extention of Schemas(スキーマの拡大)
スキーマを獲得してからも、使用場面に出くわし続けることで、概念カテゴリーが拡張してゆく。
例:
動物
犬/猫/鳥 + 魚 (拡張要因)
⇩
動物* (拡張されたスキーマ)
犬/猫/鳥/魚
■さいごに
DUBM理論には、具体的な事例を積み重ねることで、抽象を帰納的に(ボトムアップ)で話者の認識に根付かせるという特徴があった。
執筆者の日頃の研究テーマの一つに、
「規範はどのようにして人から人へと移るのだろうか」
というものがあるのだが。DUBMは、そこにこれまでにない示唆を与えてくれる。
生活において、「人の振り見て我が振り直」す時、誰かの価値観に共鳴し、誰かの善悪の基準に影響を受ける時、どのような力が働いて、そのミームはどう伝播しているのであろうか。
そんな疑問へのヒントが、実は言語獲得という人間にとって根源的な文化的行為のシステムに、隠れている気がしてならない。
[参考]
1. Langacker, R. 2000. A dynamic usage-based model. In Barlow, M., &. Kemmer, S.(eds.)(pp. 1-63)
2. 吉川正人. 2010. 「用法基盤」から「事例基盤」へ: 妥当な言語記憶のモデルを求めて. 『言語処理学会第16回年次大会発表論文集』, 962-965.
http://yoshikawacademia.com/works/papers
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